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後藤教会長

~教会長のいい福通心(つうしん)87号~

昨日までお彼岸期間でしたが、それぞれご家庭でお彼岸のご供養、お墓参りに行かれたのではないでしょうか。


今日は「縁起観・因縁果報」について、会長先生法話録「よき縁となる」(やくしん2018.1)から学んでいきましょう。


ある薬学の大家が、こんな話をしておられます。風邪薬として使うアスピリンを0・5飲むと、効くことは効くけれども、副作用で胃を悪くする。ところが、アスピリンを0・3に減らし、ピラミドンという薬を0・2にして一緒に飲むと、アスビリンを0・5飲むより、はるかに効いて、副作用もない。つまり物質と物質をいかに結ぶかが肝心だというのです。

人間も同様です。ある人とある人が出会うと、足し算、あるいは掛け算のようになって、物事がどんどん進展していくことがあります。もちろん逆のケースもあるでしょう。これは、皆さまにも経験があると思います。

仏教の最も重要な教えの一つに「縁起(えんぎ)―因縁生起(いんねんしょうき)」があります。「一切の物事は固定的な実体を持たず、さまざまな原因〈因〉や条件〈縁〉が寄り集まって成立している」ということです。つまり縁の結び方によって、物事が千変万化(せんぺんばんか)することを示しています。

一人ひとりの人間も、出会う縁によって、善に向かうこともあれば、悪に向かうこともあります。いわば善悪無限の非常に不安定な一面を持っています。

仏性を具(そな)えていれば、誰もが菩提心(ぼだいしん)を発(おこ)すかというと、必ずしもそうではありません。すでに菩提心を発(おこ)して精進している人と出会い、触発(しょくはつ)されることによって、自分の素地にある仏性が芽吹き、発心(ほっしん)につながっていくのです。

こうした 「よき縁」「よき出会い」 のことを、古来、日本では 「結(むす)び」という言葉で表現してきました。また、生産の「産」と霊魂の 「霊」をあてはめて、「産霊」と書き表し、「むすび」あるいは 「むすひ」と読ませています。「霊を産む」というほど、神秘的で大事なはたらきを産み出すということでしよう。

身近な家族や知人だけでなく、大きくは社会や国、世界に対しても、まず自分がよき縁になる役割を果たしていきたいものです。


今回は、「縁起観」を意識して、善い「因縁」(出会い)を結んでみましょう。

気づき、発見、疑問、感想等があれば、コメント入力してくださいね。

次回までよろしくお願いします。




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