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  • 後藤教会長

~教会長のいい福通心(つうしん)108号~

今回は六道輪廻の修羅界(しゅらかい)を学んでみましょう。


○「修羅界(しゅらかい)」-争いの世界(イライラ状態)

「修羅」とは、争ったりして絶えずイライラしている心、今日的に言えば欲求不満の状態でしょう。現代のストレス社会には修羅がいっぱいいるわけです。修羅はイライラ状態のことです。また、何事も自分の都合のいいように考える心です。自己中心の心でいると必ず対立が生じます。それがエスカレートすれば、人は平気で人を殺(あや)めます。人類の歴史は、一面では闘争と殺りくの歴史であったというほどですから、人が人を殺めるということは人間の心に根強くこびりついた本能の一つといえるでしょう。

どんなに理性に勝った人でも、道徳に堅固な人でも、条件さえ整えば人を殺める可能性を持っているという気がいたします。とはいっても、「私は人を憎いと思ったことがあるが、人を殺めたいと思ったことは一度もないし、これからもないと自信を持って言える」、という人がいるかもしれません。

自分自身をふり返ってみると、家族や職場、地域の中でも、自分の都合のいいように考え、知らず知らずのうちに思いどおりにしたい心が優先することが多々あります。ところが相手や現象は思いどおりにならないことが多く、思いどおりにならないことでイライラをつのらせ、周りと衝突することが多いのが私たちではないでしょうか。

しかし、人間は、縁によってどうにでも変わりうる存在です。それが仏教の基本的な人間観です。 人間は、縁によっていかようにでも変わりうる不確かな存在ですが、逆にいえば、どんな人間も縁によって正しく豊かに変わりうることを教えてくれているのです。

その可能性を信じて、私たちは「修羅」の心から脱出できるように日々、努力していかなければならないのです。


今日は、自分の心が修羅の心(イライラ状態)になっていないかを見つめてみましょう。

気づき、発見、疑問、感想等があれば、コメント入力してください。

次回までよろしくお願いします。




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