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  • 後藤教会長

~教会長のいい福通心(つうしん) 6号~

更新日:2021年12月9日

今日の一枚は、昨日ご挨拶に伺った永平寺にある手水舎(ちょうずしゃ)です。新型コロナウイルス感染防止対策で昨年に整備されたそうです。


今日は脇祖さまご命日です。

そして2月15日は仏教三大行事の涅槃会(ねはんえ)です。お釈迦さまが入滅(にゅうめつ・お亡くなりになる)された日です。

涅槃会を迎える前に、今日は入滅前に説かれた「自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)」について学んでいきましょう。


○釈尊が遺(のこ)した自灯明・法灯明の教え

釈尊が入滅される前、弟子の阿難(あなん)が悲しみのあまり、「これから私たちは誰を頼りにすればよいのですか」と尋ねると、釈尊はこう答えられたといいます。

「私はすでに余(あま)すところなく法を説いた。これからはただ自分を灯明とし、自分を依(よ)りどころとすればよいのだよ。また法を灯明とし、法を依りどころとすればよいのだよ。決して他を依りどころにするのではないよ」

これが「自灯明・法灯明」の教えです。そして、釈尊が後世の私たちに一番伝えたかった、仏教の根本精神でもあります。

「自灯明」とは、自分の人生は自分で決め、自分で歩んでいくということです。ただし、その「自分」とは、決して小さな自我や、自己中心の自分ではありません。あくまでも真理(法)に適(かな)った、仏と一体である本来の自己(仏性)でなければならないのです。つまり、すべてのことは真理(法)に照らして考え、判断しなければならないということです。これが「法灯明」です。

会長先生は、「開祖さまのご入寂(にゅうじゃく)後、くり返し『自灯明・法灯明』『自立した信仰』などについてお話ししていますのも、誰かに頼らずとも、本来、一人ひとりが真理・法を認識することと、実践する能力を具(そな)えており、さらに、それを人にお伝えし、救いに導いていく力のあることに目覚めていこうとの一心からでした」と述べられています。

また、「そもそも人間には、現状に甘えずに、もっと成長をしたい、発展をしたいという心が、皆にあるといわれています。そして、少しでも高く、尊い、大いなる存在に向かっていこうという本能も、皆が持っているとされています。言い換えれば、誰もがすでに、創造的に生きる志を心中(しんちゅう)に宿(やど)しているのであり、それに気づき、発揮するだけでいい、ということであります」とも語られています。

「やくしん(2019年2月号)」より


他人のせいにせず、法に基づいて歩んでいくことが大事ですね。今日は、「自灯明・法灯明」を意識して過ごしてみませんか。





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