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  • 後藤教会長

~教会長のいい福通心(つうしん)83号~

本日、3月5日は本会の創立記念日です。創立84周年、誠におめでとうございます。

創立記念日ということで、丁度30年前の会長先生のご法話「立正佼成会創立の精神をかみしめる」(『躍進』1992年3月)のご法話から学ばせていただきましょう。


○創立の精神は開祖さまの歩みの中にこそある

三月五日は立正佼成会の創立五十四周年記念日です。春三月は自然界が蠢動(しゅんどう)、萌芽(ほうが)を開始する、四季の最初の季節です。その春三月に立正佼成会が創立されたということに、物事の先駆的役割を果たすようにとの暗示とでもいうか、何か深い因縁を感じさせられるものがあります。

さて、私は昨年十一月十五日の法燈継承式をもって立正佼成会第二代会長に就任いたしましたが、この三月五日は私にとっては会長となってから初めて迎える創立記念日でもあります。そこで、その立場を踏まえて、創立記念日を迎える心の一端を述べさせていただきたいと思います。

開祖さまが立正佼成会を創立されたのは、満三十一歳のときのことでした。霊友会の会員として故・新井助信先生の『法華経』の講義を聴聞し、『法華経』がすべての人を百パーセント救いきる教えであるという確信を持たれた開祖さまは、その後、霊友会から独立、昭和十三年に立正佼成会を創立されました。

その創立の年に生まれた私は、もちろん当時の開祖さまのご心境は知る由もありませんでした。しかし、開祖さまは後に当時のご心境を、「とにかく『法華経』の教えによって一人でも多くの人を救いたいという一心だった」と述懐しておられます。

この創立当時の開祖さまのご心境が、いわば立正佼成会創立の原点ともいうべきものであると思われます。そして、開祖さまはその後、教団の発展や時代の要請に応じて、個人レベルでの信仰生活から、さらに『法華経』の教えに基づく当然の帰結として、さまざまな活動を展開してこられました。それらは、今日、明るい社会づくり運動や、諸宗教が対話・協力し合う世界宗教者平和会議といったものとなって結実しています。

したがって、私たちが今日、立正佼成会創立の精神は何かと考えるとき、それは個人レベルにおける信仰生活だけでなく、対社会的・対世界的な活動をも踏まえたものである、という認識が必要であると思います。

つまり、今日的な意味から立正佼成会創立の精神を考えれば、それは、たんに創立当時の開祖さまのご心境というものだけでなく、その後、開祖さまが螺旋階段を上るように向上的に展開してきた活動全体の根底にある精神を含んだもの、と理解すべきでありましょう。

私は昨年十一月、法燈継承式が終わってから間もなく、比叡山延暦寺の天台座主・山田恵諦猊下のもとへご挨拶にまいりました。そのとき、私は山田恵諦猊下から次のような大変有り難いお言葉をいただきました。

「前を歩んでいる偉大なる人を超えることは難しいし、できることではない。しかし、原点に返るならば、前の人と同じところからスタートすることができる」

と。

そのお言葉を私なりにかみしめさせていただきますとき、それは「無理や背伸びをすることなく、自分の力量をよく知って、原点に返ることを大切にしなさい」とのお諭しである、と私は受け取らせていただいたのです。

その意味で、私は三月五日はたんに立正佼成会が創立されたことを祝う記念日というだけでなく、私たちが開祖さまの精神をかみしめ直す日としていきたいと思います。


「とにかく『法華経』の教えによって一人でも多くの人を救いたいという一心だった」という開祖さまの創立の原点に返り、悩み苦しむ人に温かい手を差し延べ、喜びや楽しみを共にしながら、人間として共に向上するということを大事にしていきましょう。

気づき、発見、疑問、感想等があれば、コメント入力してください。

次回までよろしくお願いします。




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